48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【暇つぶし探し】人生もう一度ペダルを漕げる…かな

先週、神田の方で健康診断があった。

まだ派遣会社所属で、無料受診できるので、労働最後に健康チェックをしようと思った。

東京駅~皇居の一帯。

平日なのに相変わらず外国人が多い。

 

健診は午後からなのでとんでもなく時間がある。

皇居前のベンチに座って時間を潰すことにした。

ここは人が来ないし穴場的なところで好きな場所の1つ。

やっぱ人口密度が少ない所が快適。

 

しかし無職での時間潰し。

これが今後もずっと続くのかと思うと、気が滅入る。

 

数年前から、「もう人生の終盤で、あとは死ぬまでどう暇をつぶして生きるか」なんてことを考えるようになった。

仕事については、年齢的にも、もうまともな職に就いてまともな収入を得るのは無理だと分かっていた。

 

何をやるにしても、今更頑張ってやったところで意味がない…そう結論づけていた。

だから、先が見えない仕事をしても仕方がないし、頑張る意欲も湧かない。
でも、そう思ってしまうと、何をするにも気力が出なくなる。
もしかすると、自分で自分の人生をつまらなくしているのかもしれない。

 

2年ほど前から、自転車の空気がよく抜けるようになった。
最近は毎回自転車に乗る前に空気を入れていた。

少し前からは行きは問題なくても、帰りには空気が抜けてしまうようになった。

場所にもよるが、帰り道で空気が抜けてしまうと本当に大変だ。

 

普段なら自転車で30分の道のりが、炎天下の中、自転車を引きながら2時間かかったこともあった。
自分でパンクを調べてみたが穴は見つからず、木曜日に自転車屋でチューブを交換してもらった。

そのとき、しっかり空気が入っている状態だと、こんなにも早くて楽で、安心できるものなんだと実感した。

 

少し漕ぐだけで、あとは惰性で結構な距離を進む。
当たり前のことなのに、ちょっと感動してしまった。
徒歩とは比べものにならないスピード。

その時思った。

自分の人生も同じような感じじゃないのか、って。

 

19歳の頃が、一番ペダルを漕いでいた時期だった。
その後の30年は、たまに漕ぎ直すことはあっても、ほとんど惰性で生きてきた気がする。
ずっと努力することなく惰性で生きて、惰性で旅をしてきた。

そんな惰性も摩擦でなくなってしまい、ここ数年はバンクで停止している自転車を無理に引きずって歩いているような状態。

 

タイヤのチューブを交換したように、気持ちを入れ替えて、もう一度ペダルを漕ぎ直せばまた走り出せるんじゃないか…そんな気がした。
少なくとも、健康寿命であと20年は残っている。
ここで諦めてしまうのは、もったいない。
むしろ、諦めることで人生がさらに苦しくなるのかもしれない。

ーーちょっと一生懸命生きてみようかな。

日本の再出発の起点となった、あの玉音放送
かつて人々が土下座して聞いたという皇居前広場を眺めながら、ふと、そんなことを考えていた。