48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【メンタル】2024夏旅。帰国後の心境

最近は日本も涼しくなりつつあり、ようやく過ごしやすい季節になってきた。

帰国した時は9月だというのに日本は暑かった。

旅をしている時、テレビで天気予報を見ていて、日本を含めての東アジアは暑いなと思っていた。大体34℃位で、上海、東京など何処かの都市が37℃になっているイメージ。

避暑の為に7月~9月上旬まで日本を離れたが、帰国前も帰国後も夏のように暑かった。

日本の不快な暑さを逃れるためには、6月中旬~9月中旬まで3カ月は海外で過ごす必要があるのかな、と思う。

ただ両親の状況もあり来年以降は日本脱出も長くて1カ月半位だろうか。

次回からの夏の季節をどうすごすか。避暑旅は2回に分ける必要があるかもしれない。

飛行機代が倍になるけどしょうがない。

 

旅から帰ってきて数週間経過。

またすぐに海外に行きたいかというと、全く思わない。

いつもなら旅で撮った写真を見ると、「あの場所に戻りたいな」とか思ったりするが今回は全くない。

結局プーケットのパトンビーチに1.5カ月位滞在したが、またあの生活に戻りたいとは思わない。

宿は快適で天候も悪くなかったし、そこまで嫌な理由が分からないけど、観光客の多さが原因なのかな。

タイ国内のビーチの多くがそうだけど、外国人に占領されていて、タイ人がその外国人をもてなす為に働いている奴隷のように見えてしまう。

そこに悔しさを感じてしまうと同時に不快さを感じる。

パトンは観光客で成り立ってる町だと思うので、それが顕著だ。

 

良い思い出がある場所は、再訪しない方が良い、みたいな話を聞く。

まさに今回のプーケットがそうだった。

友達と何度か行った場所。それなりに楽しく、良いイメージがあった。

今回の滞在でプーケット=楽しい思い出のある町というイメージが消え去ってしまった。

ただその時の思い出と一致する場所はほとんどなく、良い印象だったところが、悪くなってしまったという訳ではない。

例えばバトンビーチにしても、あの頃行ったパトンとは全く別な町に行った印象。

あえて言うならあの時友達と行った町は地球上から無くなってしまった、というような感じか。

バリのクタ・レギャン辺りも同じ感じかな。

 

せっかく【年間120万円生活】が可能な場所が見つかったのに残念だ。

次に行くとしたら来年の6月以降。

やはりホテルの選択肢からしょうがなくパトン再訪になるのか、またはその頃には又パトンに行きたくなるのだろうか。

ハジャイは又行ってもいいかなとも思えるけど、わざわざ訪問するような場所でもない。

次の旅はどこに行くのだろう。

 

そして今年残り3カ月。どうやって過ごすか…。

正直、無職暇つぶし生活は日本でも海外でももう嫌だ。

とりあえず暇つぶしとして労働したい。

そして働いてみて、気持ちがどう変わるか。

ちょっと働いて又海外行きたいと思えば年末には出国。

労働生活が苦でなければそのまま続けてもいい。

まずは仕事内容考えず、派遣、パート、バイト、何でもいいから働いてみる事が重要なのかな。

こんなくだらない目標だけど、目標があると気持ちも違う。

一番辛いのは仕事も見つからず、無職暇つぶし実家生活を続ける事だ。

そうならないといいけど…。

【無職生活】無気力の毎日

帰国当日と翌日に職場見学。

幸先良いと思っていたが、すぐにいつもの暇つぶし生活に逆戻り。

その生活はもう10日程になるだろうか。

もう行く場所もなくてキツイ。

とりあえず帰国毎に来ている、国会議事堂目の前の「日本水準原点」のある公園内を訪問。

目の前の建物は警視庁。

そして日比谷公園内で池を見ながら読書。

ここも朝は空いていて良い。

緑が多く人が少ない場所は気分が良い。

しかしいつまでこの苦行が続くのだろう。

 

帰国して早々感じた事。

やはり日本は生きづらい。

いつもは帰国後1-2週間位は日本も悪くないな、と思いながらそこそこ気楽に過ごせる日々が続くが、今回はほぼその期間がなかった。

日本には居たくない。でも日本脱出して海外に行きたい訳でもない。

両親の介護の問題もある。

なんか以前より精神状態が辛くなってきている。

 

今の悪い状況、自分が動かない限り何も変わらない。

昔は普通にあれやってみよう、これやってみようと、動けていたしそのプロセスも楽しめていた。

今は全く無理。

原因が何なのか分からない。

 

まずは仕事をすることが最優先かな。

仕事をすれば日中の暇つぶしを考える必要がない。

仕事をやっていればあれこれ考える必要はない。

そして月1回の給料日という特別な日があるとやっぱり違うと思う。

考えてみると、現代人は仕事を中心に生きているんだよな。

仕事に対して文句を言いながらも、基本しっかりと週5日は勤務している。

多分、その文句をいっている人たちも、仕事がなくなったらこういう風に辛くなるのだと思う。

 

今回は帰国後、すぐに働けるようにパトン滞在中、約1カ月前から動いてはいたが上手くはいかなかった。

年齢もあるけど、自分のやる気のなさも大きな問題だった。

昔はどういう事でも次の目標に向かう時は楽しく、それなりにしっかり出来てたと思うがそれが出来なくなってしまった。

海外ホテル籠り生活で時間はあるので、それは出来るかなと思っていたがそれもできなかった。

その他、帰国後に無料の健診や車検があるのでその予約などもしようと思っていた。

健診は待ちが多く、予約を入れられるのは数週間、数カ月先になる事は分かっていたし、車検の場合は早く予約すれば早割がある。

旅行前に、旅に出てホテル籠り中にやろうと思っていたが、この程度の事すら出来なかった。

あんなに時間があったのに、だ。

暇なのに、そしてやるべき事はあるのに、それも出来ない。

 

こういう事は昔はきっちり出来ていたんだけど、それすらできなくなっている。

帰ってきて、なんでパトンホテル生活の時にこの程度のことすらもやらなかったんだろうって後悔している。

パトンに居る時に、今やらないと後悔するって事は分かっていたんだけど、それでも出来なかった。

 

そして日本に帰ってきて、一番避けたかった暇つぶし生活に逆戻り。

最近たまに思う。

夜眠った後に何かが起こって1瞬で全てが無くならないかなって。

苦しむ事もないし、寝る時は普通に又明日があると思っているから、準備も必要ないし一番楽な気がする。

例えば何かの拍子に地球の近くにブラックホールが出来て吸い込まれてしまうとか。

皆それでお終い。

ツァーリボンバー的なものが爆発して一瞬でいくのも悪くはないのかもしれないけど、そっちはなんとなく苦痛を味わいそうで怖い。

【就活2024】50代無職。受からない派遣面談

帰国翌日も職場見学。流れ的にはすごく良い。

場所は渋谷。渋谷を徒歩で歩くのは久々。

外れの方だけど、人が多い。

 

仕事内容は、団地の入居者に資料を渡すような事と聞いていた。

外回りも悪くないのかな、と思った。

ただ実際の内容はちょっと違うようだ。

公用の場所に置いてある荷物に警告の張り紙を張ったり、写真を撮ったりする仕事もあると言っていた。

なんか色々トラブルに巻き込まれそう。

 

しかし、こんな仕事でも面談で落ちた。

先方から聞かれた質問はたった1つ。「年齢おいくつですか?」

1日でも早く人がほしそうな感じだったが、それにも関わらず落ちた事を考えると、年齢かな。

 

日本帰国前に応募できそうな案件がかなり出てきて期待が高まっての帰国であったが、やはりそう上手くはいかない。

結局帰国1週間で職場見学は2社のみ。

 

第一希望の所は2週間経っても相手方から返答がないという事。

パトンで派遣会社に電話登録+面談をして、先方に推薦してもらったという事だった。

紹介ではなく推薦という言葉を使っていたのでかなり期待が高かった。

そして仕事内容、条件、勤務場所全て良い。

結局、応募者多数でまず最初の選考で漏れたようだ。

ここに受かったら最高だよな、と希望を持ってしまった自分が馬鹿だった。

条件良い所に50代無能の人間が受かる訳がないんだよ。

 

そしてもう1つ。

プーケットに居た時に応募した仕事。

先方は9月から開始希望で、すぐに職場見学の連絡が入った所。

あれから2週間。派遣会社に確認した所、さすがに既に別の人で決まっていた。

 

帰国後、別の倉庫作業の仕事に応募したが、今度は先方が忙しく職場見学は10日程先。

海外に居た時は「すぐに職場見学」の案件。…で機会を逃す。

帰ってきたら「職場見学は10日先」の案件。

逆なら丁度よかったのに、ホント上手くいかない。

 

とはいえ自分の気力のなさも上手くいかない原因の1つ。

帰国前から既に仕事探しに疲れてきて、パトンの最後1週間はほぼ仕事探しはしなかった。

 

こんな感じでメンタル的にも早々疲れてきた。

疲れを癒す為、海を見に久々に東京ゲートブリッジに行った。

この辺で何度か釣りをやった事がある。

フッコが大量に釣れた記憶がある。

あの頃は人がほとんどいなかった。この橋もなかったかな。

今は人で溢れかえってる。

インターネットやGoogleMapのせいで、誰でも穴場的な場所を簡単に発見できて行けるようになった。

自分の憩いの場がどんどん減っていく。

人が多すぎる。人がうっとおしい。

人が多いと不快。消えてほしい。

雑念を消すために、1日でも早く仕事をしたい。

【暇つぶし探し】無職が不釣り合いな場所へ

憲政記念館

職場見学2連荘が終わり、その後はいつものように暇つぶし。

早々気持ち的にキツイ。外での暇つぶしも5時間位が限界かな。

帰国後まずは定番…といっても半年ぶり位に国会図書館に行き、その後何故か憲政記念館へ。

「50代無職」がこんなところ来てどうするのだろう。

全く縁も興味もない憲法に関しての記念館内に自分がいる事に気づいたとき、失笑してしまった。

猫に小判とはこの事だろう。

 

小学生の課外授業みたいでたくさんの子供たちが居た。

子供の時にこれを見て、何か感じるものがあるのだろうか。

そもそも高校生くらいになって訪問したことを覚えているものだろうか。

賢い子は、そこで何かを感じて将来に生かせるのかなあ。

 

いい時間つぶしになるので映像を見てしまった。

板垣退助の若いころの映像を初めて見た。

旧千円札の髭はやしたおじいさんといったイメージしかなかった。

当たり前だけど若い時代もあったんだよね。

髭は若いころからあんな感じで長く生やしていたようだ。

 

映像を見ている時、子供たちが「憲法9条改正反対!」と叫んでいるのが聞こえた。

しばらくすると別な子も同じことを叫んでいた。

多分ここで叫んでいたのかな。

いや叫んでたのはこっち側か。

しかし叫んでいたあの1文は何処で覚えたのだろう。

ここらへんにそういう事が書いてあってそれを読んでただけなのでは、と思ったが見当たらなかった。

麻布台ヒル

別の日は「麻布台ヒルズ」訪問。

何度か目の前を通り過ぎたことはあったが、全く見ようとは思わなかった。

今回もたまたま通っただけだが、暇だし見てもいいかなと思った。

地下に自転車置き場があり、専用エレベーターで地下へ。

豪華な感じもしたが、今は駅前の駐輪場もこういうシステムがあるかな。

何があるのかよく分からないまま歩いてみる。

パトンと同じ服装=短パン、Tシャツ、ビーサンで行ったのだが、すごく気持ちよい。

バイクの時も自転車の時でも常に靴は履いている。

ビーサン、短パンがこんな楽な事に改めて気づいた。

 

麻布台ヒルズには何があるのかよく分からなかった。

迷路のようだ、と言われているが、確かに方向感覚が狂う感じ。

普通のショッピングセンターのような感じでなく、駅の中を歩いているような感じ。

もしかしたら他の建物に色々あるのかもしれないけど、分からなかった。

 

無職の暇つぶしに最適なテーブル+チェアーが結構あったので、そこでコーヒーを飲もうと思った。

ファミマがあったので行ってみたが、他であるような100円コーヒーは売ってなく、店員さんがいるカフェ専用コーナーみたいのあった。

確か230円位だったので買うのをやめた。

まあ店舗のレンタル料考えると、100円コーヒーは売りたくないか。

 

休日の朝だったが観光客はそこそこ多くいた。

しかしこの人達はここで何をみるのだろう。

そもそもここに来て何が面白いのだろう。

こんなの見て何が楽しいのだろうか。

こんな事をずっと考えていた。

でもそんな事が楽しいと思える事がうらやましい。

 

もう暇つぶしも限界かな。

老後何もせず暮らしている、おじいちゃんおばあちゃんってすごい。

自分ならこんな事がずっと続くなら、死んだ方がまし、って思ってしまうかも。

【2024夏旅】帰国日の長い一日~弾丸派遣面談②

結局機内ではあまり眠れず。

そして朝08:30頃成田空港に到着。

 

最近は到着日には成田でゆっくりしてから帰るパターンになっているが、今回は14:30から職場見学の予定が入っている。

ゆっくりしていたら間に合わないのですぐに空港バスで東京駅へ移動。

出国時に利用した時は1300円だったが1500円に値上げしていた。

飛行機内ではほぼ寝れなかったが、バスに乗っても眠たくもならなかった。

疲れも感じないし、だるさもない。

昨日は蒸し暑い中、汗かきながらほぼ1日中歩きっぱなし、そして機内泊であまり眠れず、本来疲れを感じないといけないのだが。

 

そして昼頃実家到着。

真っ先にバイクカバーをとってバイクのエンジンがかかるか試した。

このバイクは今のスクーターとしては珍しくキックスターターがついている。

帰国後の始動に関しては、苦労した思い出しかなく、無駄なバッテリーは使いたくないので助かる。

エンジンがかかる事を確認して、実家で昼食をとり1時間半位実家で過ごしてすぐ出発。

 

偶然だけど、良く行くショッピングセンターの近く。

バイクを止められる場所も分かってるので気楽だ。

駅待ち合わせなのでそこから歩いたが、外は暑い。

日差しがじりじり。これが真夏ならともかくもう9月でこれか。

スラックスで半そでのシャツでも暑さが相当こたえる。汗だらだら。

駅で派遣会社の人と待ち合わせして一緒に倉庫へ。

派遣会社の人が全て段取りしてくれるので楽だ。

行ったのは外資の会社。入った瞬間息が詰まる感じがした。苦手な雰囲気。

中で派遣先の人と話をしたが、雰囲気にのまれて声があまりでない。

担当者の方が以前新しい人が入って作業を教えている時、口論になって大変な事になった、みたいな話をしていた。

派遣の人が派遣の人に教えるらしい。

何故こういう話をするのかと思ったが、逆にそういう人がいるって事で不安になった。

そういう事に耐えれる人が望ましいって暗に言ってたのかな。

雰囲気もかなり自分としてはあってなく、入っても辛くてすぐに辞める気がした。

考えてみたら、普通の人のように普通に働けるのであれば、日本脱出する必要もない。

自分の心の問題を改めて思い出した。

 

家に戻って夕食をとってようやくゆっくりできた。

それでも疲労を感じる事はなかった。

疲れを感じないのは老化の1つではないかと思ってしまう。

 

さすがに翌朝起きるのはやや辛かったけど、逆にこれがうれしかった。

やっぱ体は疲れていたんだ、機能は正常に作動してるんだって。

 

今年は残り3カ月半位。この先どうなるのだろう。

直ぐに派遣先が見つかり働けるのか。

派遣先が見つかっても、辛くて辞めてしまうか。

それとも全然見つからず、又は面談をパスできず実家無職で辛い日々を過ごすことになるのか。

まずは帰国早々職場見学に行けた事で、悪くないスタートを切れた気がする。

【2024夏旅】帰国日の長い一日~弾丸派遣面談①

いよいよ出国日の朝を迎えた。

いつも出国当日は嫌なのだけど、嫌さが何か違う。

 

毎回の事だが、もう少しゆっくりしたかったと思う。

ほぼ2カ月、毎日ゆっくりしているにも関わらず、だ。

ただバンコクには4泊しかしてないので、実際もう少しゆっくりしたかった。

 

今の海外生活に後ろ髪を引かれる思いがあるかというと、それもない。

仮にプーケットに戻ってパトン生活に戻りたいか、というと全く思わない。

むしろそれなら日本+労働の方がいいかな、と思う。

 

今回乗る飛行機はスワンナプーム空港は夜中の23時過ぎの出発。

それも何かいつもと違う心理状態になっている理由かもしれない。

宿をチェックアウトしてから、飛行機のチェックインまで10時間近くある。

パトンのホテル籠りでは、外で過ごすのはせいぜい2時間。

バイクあっても5時間ほどが限界。

今回は10時間の暇つぶしの上、飛行機に約7時間乗らないといけない。

より辛い。

 

普通の旅行者の場合、夜中出発だと、昼間に色んな場所に行って楽しみ、それから空港へいくのだろうか。

もしかしたらまだ丸1日あるという得した気分になるのかな。

弾丸旅行とか聞くけど、多分こういう感じで旅をこなすのかも。

仮にバリバリ働いている有能な人は、そんな束の間の休みも楽しめるのかもしれない。

自分にとって苦痛でしかない。

 

昼12時ちょうどにホテルをチェックアウト。

荷物をホテルに置いて、とりあえず赤バスに乗る。

何処へ行こうか迷ったが、チャオプラヤー川の船に乗れば程よく時間が潰せるかなあと思いそっち方面へ。

まず前回の滞在時にたまにいっていたBigC。そして歩いてセントラルPlazaへ。

前回はゆっくりしなかったので、今回ゆっくりしてもいいかなあ、と思っていた。

着いた…が何か様子が違う。立派な看板は以前と同じように建っていた。

建物はない。もう取り壊されていた。

かなり驚いた。去年の7月位に来た時は、綺麗なショッピングセンターがあったのだが、こんなにあっさりと取り壊してしまうものなのか。

もしかしたらそんな新しくはなかったのかもしれないが、自分の印象ではかなり新しくまだ開店して数年と言う感じだった。

 

セントラルプラザの中で涼みながら次の予定を考えようと思っていたが、予定が狂ってしまった。

行きたい気持ちがあれば、チャオプラヤー川まで行って船旅を楽しもうと思っていたが、全く行く気にはならない。

近くに市場と夜市があるので歩いて行ってみる事に。

道は何もない上に暑い。汗かきまくりで不快。

市場は蒸し暑いだけで目新しいものは何もない。

結局長距離を大汗かいて歩いただけ。

 

今日は帰国+長時間移動なので、極力歩くのと汗をかくのは止めようと思ってたが、むしろ正反対。

結局外で座る事もなく、ほとんど歩いて時間つぶし。

ホテルを出てからバス乗車以外はずっと立ちっぱなし。

 

夕方7時頃にホテルに戻って荷物をピックアップ。

ここからが又大変だった。

TukTukサービスは終わっており、駅まで徒歩20分。

そこからBTSで戦勝記念塔まで。

窓口で切符を買ったのだが、50B渡しておつりが来ない。

驚いた顔で「50B?」って聞いてしまった。

今日見た他の路線=前回BanYaiまで行った路線は最長乗って「25B」。

ぼったくられた感があったが、実際この区間は50Bだった。

6駅位乗って50B=215円。本当に日本より高くなっている。

何故この乗客は涼しい顔でこの金額のBTSに乗れるのだろうか。

赤バス8B、エアコンバス16B位?で行けるのに。

やはり渋滞があるし、それを考えると50Bでも高くないのかな。

 

車内で気づいた。

エアポートリンク乗るなら、「Phaya Thai」にもBTSの駅があった。

最初GoogleMapで見た時、駅が重なっていて見づらく、BTS駅はないものだと思っていた。

Victory Monument駅までのチケットを買ってしまったのでそこで降りた。

最後にKFCを食べようと決めていたので、センチュリープラザに入る。

激混みなのでやめた。フードコートへ行くと丁度閉まる所。

ほんと全て上手く行かない。

露店で焼き鳥を買ってフードコートへ戻って席で食べようと思ったが、椅子がテーブルの上にあげられていたので無理。

しょうがないので蒸し暑い中ショッピングセンター入り口前の階段で焼き鳥を食べながら、コーラゼロを飲む。

ホームレスのような憐れな姿で情けなく涙が出そうになった。

蒸し暑い中、最後の晩餐がこれか…。

そこからまた汗をかきながら「Phaya Thai駅」まで歩き、エアポートリンクでスワンナプーム空港へ。

こちらは45Bで普通に安いと思った。

 

最終日はこの旅一番の距離、「24179歩」=「17.8Km」歩いた。

旅一歩くのを避けようと日でこれ。何もかも予定通りいかない。

ただ疲れてる筈なので機内で寝れる期待が高まった。

 

飛行機は30分くらい遅れて、スワンナプーム空港を飛び立った。

さすがに今回は隣が居た。やっぱ精神的な疲れ度合いが変わってくるかなあ。

【2024夏旅】改めて、旅って何が楽しかったのだろうって思う

最近は日本でも旅してる時でも何度も思っている事。

 

学生時代の旅の始発点であり最終地点のバンコクに到着。

バンコク自体は好きではなかったが、旅の中継点としてのバンコクは好きだった。

しかし毎日、どこへ行き、何をして、何が楽しかったのだろうか。

バンコクの場合は中継点だったので多分1回の滞在で2~3泊しかしていない。

学生時代は安宿街「マレーシアホテル周辺」と「国立競技場周辺」に泊まっていた。

サイアムスクエアが好きで毎回必ず行ってたかな。マーブンクルンとセットで。

そしてSOGO。本屋があって、日本の新聞をよく買いに行ってた。

WTC紀伊国屋が出来る前かな。

 

赤バス移動とかも、楽しめてたような気がするなあ。

適当なバスに乗って、町の風景を眺めたり、面白そうな場所で降りてみて色んな発見をする。

単にローカルな飯屋で食事をしたりするだけで楽しかった気もする。

今は同じことしても何も感じない。慣れすぎてしまったのだろうか。

それとも何か別の理由なのだろうか。

 

言葉が通じた時の感動もない。

タイ語はともかくベトナム語の単語と数字は去年初めて覚えて使った。

数字が聞き取れ、現地語で注文ができてもうれしさもない。

昔はもう少しうれしさとか、あった気がする。

多分現地の人と現地語で一言二言会話できただけで自分がすごいような気がして、それが楽しさにつながっていたのかもしれない。

今はその程度の事誰でもできるよ、って冷めた気持ちで見てしまっている。

 

又相変わらず観光客を見て、この人らはここへきてこれを見て何が楽しいのか、と思ったりもする。

綺麗な景色や観光地へ行っても、これ見てどうするのって思う。

ここまで来ると旅云々ではなく、別の問題の気がする。

感情部分の何かが欠陥しているのかなあ、とも思う。

旅に慣れすぎたのかもしれないし、更年期障害なのかな、とも思う。

 

バンコク到着翌日はホテル変更。

昨日の宿も不便な場所。先月泊まった宿はとんでもなく不便すぎる場所。

もうバンコクに泊まれるホテルの選択肢がほぼなく、中心部に泊まる事も出来ないのかな。

 

タイに限らずそうだけど、安宿街って今思うと街中心部の便利な場所にあった。

宿の目の前や少し歩けば街の中心部がある、って考えてみたらすごい。

タイで言えば、「マレーシアホテル周辺」や「国立競技場周辺」。

マレーシアホテル辺りはオフィス街シーロムまで歩いて行けるし、国立競技場周辺はMBKのほぼ目の前でサイアムスクエアまで歩いてすぐ。

だからといって、それで何が楽しかったのかは全く覚えてない。

何か面白そうな物を求めて、色んな屋台とか店を眺めたんだっけなあ。

 

自分の中では、これは「旅」でなく、「滞在」。

そして海外云々は関係なく、日本のアパートでやってた事をホテルでやればいいという考えの元で海外に来ている。

だから本当はこれを「旅」と考える必要はなく、楽しむ必要もない。

それでもやっぱり「旅」と捉えている自分が居て、何か旅の楽しさを思い出したい自分がいる。

中途半端と言えば中途半端。

やりたい事が何もない、という事が問題だけど、そこはどうにもならない。