この日はGoldenCityからNagoyaへ移動。

今回GodenCItyでインドネシアコスパ 一番のHOTELが見つかった。
外こもり、というかリアル籠り生活するなら最高の環境。

ホテルのルームサービスも、NasiGoreng20k≒186円で頼めてしまうのもすごい。
隣にもKopitiamがあるので、ホテルから通りに出ずに生活できてしまう。
普通に生活するなら十分すぎる快適な環境。
不思議なもので、こういうちょっと辺鄙な場所に来ると、都市部の便利さが恋しくなる。
いや 海があったら違ったのかもしれない。
辺鄙とは言っても、リゾート風の街造りで、家とか密集してなく、道も広く快適な町作りがされている場所。
ごみがそこら中に落ちているNagoyaとは違う。
夜だけ開く屋台街みたいのがあったりでLocalの雰囲気も味わえるし、環境はいい筈。
それでも3泊で限界を感じた。
どうしてもNagoyaに戻りたくなった。
求めてる環境で、100点に近い環境なのに、何か違うと感じる。
正直、どうすれば満足できるのか自分でも分からない。
満足感はどうしたら得られるか…。
BP時代のような生活をしてみるか。
過去にも何度か、仕方なく試してる。
BP時代は何が楽しかったのだろう。
安宿泊まって、ぶらぶらして、地元飯屋で食事をする。
そして2000円、1000円とかという予算内に納める。
1日の出費が安ければ安いほど良い、みたいな。
もしかして出費を予算内におさめる行為により、満足感が得られてたのではないか。
しかしこの年齢で少しでも安く済ませようとするBP的旅生活を敢行して喜ぶような行為は、憐れで情けないと考えてしまう。
50代、いや30代以上でも真っ当人生を歩んでいる日本人なら5000円程度でも安宿という金銭感覚をもっていなければならなかったよな。
まあそんな事を言っていても何も変わらないので、満足感が得れる期待を持って「安宿貧乏生活」やる事にした。
まずは安宿に泊まる事。
先週下見をしており、泊まる宿は決まっていた。
ここではHomestayと言われているらしい。

4階なので階段を上っていくと、ボサボサ髪のちょっと歯の抜けた老婆が階段上から覗き込み、笑顔でお出迎え。
昼なのにちょっと暗く、お化け屋敷のような怖さ。
長期の滞在者も多いようだ。多分、労働者階級の人間の巣窟。
廊下には靴だなやタンスみたいのも置いてある。
安宿とは言っても、昔と違い、エアコン、ホットシャワーも付いている。
そして重要な窓付き。薄暗い部屋は嫌だ。
これで一泊704円なら、悪くない。

BP時代、何をして、何が楽しかったか思いだしたく、町をふらつく。
当時は宿も快適でなく、宿は寝るだけの場所で朝から夜まで外をブラブラして過ごしていたのかな。

こういうショッピングセンターで、色んな売ってるものを見たりしてたのかなあ。
当時は目にするもの全てが目新しかった。
イスラム教の国っていうのも珍しかったのかな。
今はヒジャブかぶっている女性を見ても空気みたいに何とも思わないし、逆に髪なびかせている女性を見ると、この人はなんで髪の毛隠してないんだろう、異教徒なのかな?とか色々考えてしまう。
目新しさはなくても、昔と違ってモスリムの国に心地良さを感じるけど。
その後、外に出て、炎天下を歩く。
汗をかきながら雑踏を歩いていると、一瞬旅していた時の感覚が戻った気がした。
ホントに一瞬「あ、この感じ…」。思い出せそうで思い出せなかった。
少し歩くと異臭が漂ってくる。
やっぱりこの光景がバタムらしくて素晴らしい。

こういう隣にある屋台の人は、平気で切り残った食材、ごみなどなどポンポン川に投げ込む。
まあそれじゃあ絶対きれいにならないよな。
こういう光景も、BP時代初期の頃は、もっと驚きや物珍しさとかあったんだろうな。
そういう新鮮な経験をしていく楽しさが、初期の旅にはあったのだろう。
見上げると、綺麗なショッピングセンター、コンドミニアム、ホテルなどなどが。

バタムも着実に経済成長している。
10年後、まだ安いと思える物価を維持し続けてくれているのだろうか…。
今日は久々に1日の出費を2000円内に納める事が出来た。
朝食:NasiAyam+アイスコーヒー 39k≒363円
昼食:MieGoreng 22l≒205円
夕食:中華ぶっかけ3品+紅茶 38k≒353円
ドーナツ4個 10k≒93円 チューイングミント1袋7.2≒67円
コーラ1リットル8k≒75円
宿:704円
出費合計:1860円
でも満足感はあまりなかったかな。
求めていたことは、これじゃなかった。残念。
どうしたら今後の日本脱出を楽しんでいけるのか。
その答えはこうして「目的のよく分からない旅みたいな事」をしていれば、いつか見つかるのだろうか。