TanjunBalaiの町。
何度も来ているが、考えてみると町並みを見ながら歩いた事はない。
裁縫屋を探しながら、ゆっくり町並みを眺め歩く事にした。
このモスク前。島に来たときはほぼ毎日必ず通っていて、25年以上前からみている筈だが、モスク独特の曲線美がなく、独特な形。そして緑色である事に初めて気づいた。

この中国寺院もいつも素通りだったが、改めてみると独特の色だったことにびっくり。
何も興味を持たず、旅をしているとこんな事になるのだな。

ピンクの寺院は見たことがない気がする。
全く何も興味なく町を歩いてたんだなあ、と改めて思う。
初めて船からこの町を見た時も、なんとなくいろんな建物がカラフルだという印象を持っていたが、実際にこの島に上陸してからそんなこと一度も考えたことはなかった。

この色彩感覚はインドネシアでもカリムン島独特な気がする。
今回カリムン島を訪れて、こんな初歩的な事にはじめて気づいた。
本当にいつも何も興味を持たず ただ ブラブラしてるだけなのだな。
食・文化他に興味を持てば、旅も楽しめる気がする。
そんなの基本中の基本かもしれないけど。
今日の目的は裁縫屋探し。
バックの一部がほつれ、又縫い直しが必要になった。

服を売ってる店は異常なほどあるので、ミシン屋も簡単に見つかると思ったが全然ダメ。
前回はメーサリアンで1回修復。
あの時は簡単に見つかった。ここではミシンを置いてる店もない。
現地の人に聞いて「ここになければ、もうない」と言われた場所に行った。
ミシンがありここなら大丈夫、と思ったが不可。
そこで出来そうな店を教えてもらい行ってもダメ。を繰り返した。
厚いからダメなのか?でもタイでは出来てたしなあ。
その帰り近くの寂れた被服市場を覗く。

絶対 人が来ないような場所にあるマーケット。
2階建てで30店位あるが客はゼロ。どう考えても儲からないだろう。
そこに もう何年も置いてあるような 服ばかりが新品なのによれよれ。
こんなの 誰が買うんだろうと思う。
こういう店はどのように生計を立てているのか って思う。
1日の売り上げはいくらぐらいなのか。
そもそも服の在庫必要なら、商売始めない方が賢い気がする。
海が見たく、港方面へ歩く。
フェリーを降りて、港を出た時に目にするモスク。

このモスクも1度たりとも興味をもって見たことがなかった。
驚くほど何に関しても興味を持たない人間になってしまったのだと気づく。
まあ普通は興味がないのであれば、そもそも海外に行かないだろうし。
興味も好奇心もないのに、単に日本の外に出て生き延びているだけ。
港を越えてバライから来れる最短のビューポイント。
この旅最初で最後の一番の海沿いリラックスポイント。

ずっとこれがやりたかったんだよな。
海のそば、更には海に囲まれた島に10日程いるのに、今までこれすらできなかった。
この公園を久しぶりに歩きたかったが、工事中のようだった。
でも様子が変だ。たまに 身なりの汚い子供が出てくる。
よく見るとバラック群だ。
いつの間にか貧乏人により、公園の1番良い場所が占領されてしまったようだ。
しかし子供達のこの先の人生、そして運命を考えるとかわいそうだな。
この島の最下層に生まれたら、多分どんなに頑張っても逆転のない人生確定。

横のベンチでようやく海を眺めながらゆっくりできた。
考えてみると日本を出て これが1回もできてなかった。
海は汚い。眺めも良くない。単なる田舎の港。
でもこれでいい。
木陰で感じる南国の暖かいそよ風。それで十分贅沢。
海や空を眺めながら色々考えることのできるこの瞬間が最高。
ここに来て海を眺めるのは6年ぶりだろうか。
あの時はサラリーマン旅。
今と違うのは、帰国後、「労働」というやるべき事が控えてたという事。
そんな労働の合間に休みをとり、日本からはるか離れた異国の地の、またそこから離れた名も知られてない島でノンビリと海を眺めている時間が特別に感じた。
やはり苦役の合間にこういう場所に来て、特別な時間の流れを味わい、そして帰国後また苦役に従事するのがいいのかな。
夜、夕食をとりに外出。
ちょっと暗い感じがするなと思っていたら停電だった。
昔はどこの東南アジア諸国でもあったような気がするが、最近では遭遇した記憶がない。
この島では今でもたまに停電する。
真っ暗でもやっていそうだったので、注文して店内で食べる事を伝える。
店内で食事します、と伝えると「こんな感じだけどいいの?」と笑いながら真っ暗な店内を指差す。
テイクアウト待ちしているおばさんも一緒になり、あんな暗い中ロウソク1本の明かりで食べないきゃいけないのよ、と楽しそうにキャッキャキャッキャと話す。
料理を作ってるおばさんも、テイクアウトしてるおばさんも毎日か毎週か、人生で何百回も経験してるはずなのに、まだそんなフレッシュな反応をしてくれるんだな って感じ。
それが日常の光景すぎて当たり前という感覚になってないことがちょっと嬉しい。
一方私の方は、停電など滅多に経験してないのに、更には ろうそくの灯下での食事 なんて何年も経験してないような状況なのに、停電なら電気の供給ができないので、明かりが点かなく暗いのは当たり前だよね、と機械的に何も感じず 淡々と受け止めてしまう。
そしてこのおばさん達はなぜこんな日常茶飯事であろう光景に過剰に反応してるのだろう、と心の中で呟いている。
こんな感覚じゃ、旅は楽しめないよな。
感情がフラットすぎる。

そして停電の中、ろうそくの灯下での夕食。
ユダヤ教やロシア正教の習慣でこんな1場面があるのを思い出した。
とはいえ、こんな状況でもなんか心地良い。
ここにはそういう心地良さを感じさせる空気、雰囲気があるのかもしれない。
たまにこのカリムン島に無性に来たくなる理由はそれなのかな。