≪20:00≫近くまでデッキでゆっくりして、そろそろ空港方面に動くことにした。
MRTで一気に行く事も考えたが、味気ないしつまらない。
時間調整も兼ねてバスで行く事にした。
ハーバーフロントのバスディーポへ向かう。
懐かしいというか、かつて日常の一部として見ていた風景が広がっている。
15年、いや20年くらい前のことだと思うが、不思議とそんなに時間が経ったようには感じない。
あの頃は公営バスでシンガポール中をあちこち巡っていて、特にここは始発だったから、自然と足が向いていたのだろう。

≪20:25≫発の60番バスに乗る事にした。
夜の貧乏人スタイルのローカルバス観光+飛行機待ち時間調整。
このバスは思い出の地を巡るルートになっている。

出発したバスはしばらくすると見慣れた綺麗なオフィス街を通過。
ここは【Tanjon Pagar】。
このオフィス街は、週末に来ると人がほとんど歩いていない。
その静かな雰囲気が好きで、よく週末に散歩しに来ていた。
それとここには中国語の勉強で来ていたな。
少し走ると【China Town】

このビルの近辺なんか鮮明に覚えているんだけど、何故ここに頻繁に来ていたのか全く記憶なし。
裏の路地の道まで今でも結構覚えているんだけど。
ラオパサ(ホーカーズ)行って、散歩しながらこの辺に来ていたのかな。
しばらく走ると【Bencoolen St】。
この響きが懐かしく大学時代の初めての一人旅を思い出す。
1993年当時は安宿街という事で紹介されていた。
その当時でも他の国にあるような安宿街って感じではなかったけど。
バックパックを背負って歩いていると、白人旅行者に「宿、探してるの?」と声をかけられ、そのまま一緒にひとつのビルへ入っていった。
そこが宿だったのか、今でいう民泊のような場所だったのかはもう定かではない。
ただ、そこで日本人旅行者と出会い、なんとも言えない“旅している感”があって、あの時は全てが新鮮で本当に楽しかった。
そしてバスは【Queen St.】を通過。
ここにはマレーシアJB行きのバスが出ている場所があるのでたまに来ていた。
SBSトランジットの国境行き160番バスもここから出てたっけな。
そして【Bugis】。
ここにはインターネット屋があったので、よく通っていた。
ということは、携帯はあったものの、Wi‑Fiも一般的ではなく、スマホなんてまだ存在しなかった時代だ。
それと、好きな海南チキンライスの店もあった。
場所はもうはっきり覚えていないけれど、また美しいチキンライスを食べたいなあと思う。
そして【Aljunied】で下車。この時≪21:10≫頃。
チェックイン時間は2時間前で≪22:55≫。
そのままMRTに乗り換えて空港行って観光客の多い空港で時間潰すのも嫌なので、この近辺をふらつく事にした。
ここは安ホテルHotel81に泊まるために良く利用していた場所。
通りを2本ほど先へ行くと、何度か泊まったことのある Hotel 81 がいくつか並び、その周辺には公娼街もある。
久しぶりに今どうなっているのか見たくなり、少し歩いてみることにした。
しかし、夜なのに蒸し暑い。
ほんの少し歩いただけで汗がにじんでくる。飛行機に乗る前に汗をかくのは本当に嫌だ。
あと通り一本という所まで行ったが、そういえばそんなもの見てどうするのか、とふと思って方向転換。
といっても行く場所もないので暗い道を意味もなく歩く。

この一帯は労働者階級の人間が多い。
その横の路地を覗くと路上にぽつぽつ痩せた肌の黒い人が座っていて、なにか異様な光景。
そんな光景を見ても逆に仲間意識を感じて安心感を感じてしまうのは、自分が底辺労働者階級の人間だからだろう。
ホーカーズでゆっくりしたいのだが、記憶ではこの一帯にはそういう心地良いホーカーズがない。
結構な距離を歩き回るが、やっぱりない。
そのうちにお腹も空いてきて、食事をとりたくなってきた。
いつもだとシンガポールから飛行機に乗る前は食事はとらない。
何故か分からないが今回はどうしても空腹を満たしたくなった。
駅前にあるホーカーズで値段を見ると、結構な値段。
決断できずその周りをうろうろして、別のホーカーズを探すも全くなく、結局そこで食事をとる事にした。
前の人の注文した飯がカウンターにのっけられていく。
それを見るとかなりのボリューム。肉の塊が乗っている。
まさかあれじゃないよな?と期待半分。久々に心が躍った。
そういえばここ数年の海外旅において、がっつり食事をとれた事ってほぼなかった。
チェンマイ以来だと思うけど、あの時はビュッフェだったしな。
自分の食事がカウンターに載せられた時、本当にこれなんだってかなり気分が高揚した。
そしてシンガポールの通りを行きかう車を眺めながら最後の晩餐。

こうして写真で見ても全然おいしそうに見えないし、肉厚さが全然分からないが、肉厚叉焼でめちゃくちゃ旨かった。
東南アジアの一般的な飯屋で食べる、薄く切ってある叉焼とは全然違う。
叉焼飯S$5.8≒725円
、と値段もそこそこ、というかこの旅一番の食事代。
シンガポールでの飯代もここまで上がったか、と思ったが、これはそれ以上の価値があると思った。
旅の中で一番おいしく感じたし、久々に食事で満足感を得られた。
夕方に食べた KFC が2番目に良かったくらいだ。
それまでのインドネシア10日間で食べた食事は、一体なんだったんだろう…。
ジャンクフードが2位に入ってしまう時点で、食事を楽しめていなかったということだよな。
考えてみると、インドネシアの料理は具材が少なすぎて、いつも満足感が得られない。
どこへ行っても、あからさまに食材をケチっているのが分かってしまい、それがすごく嫌だった。
食事を含めた“コスパ”で考えると、インドネシアはあまり良くない。
マレーシアもそうだったな。
そして最後に濃厚で甘いコピーアイスでこの旅を締めくくりたくなり、ドリンク屋に。
値段を聞くとS$1.9。日本円に換算すると約250円…。断念した。
しかしシンガポールも食事コストが上がりすぎ。
海南チキンライスは在住当時S$3≒195円、今はS$5≒625円。
Kopi iceは当時S$1.2≒78円、今はS$1.9≒238円。
値段自体も上がり、為替レートも2倍。
融合すると3倍だもんな。それは高く感じる。
当時から東南アジアの中では物価が高いと言われていたシンガポール。
とはいえ、日本より全然安かった。
しかしシンガポールが金銭的に居心地がこんなに悪い場所になってしまうとはなあ。
一人当たりのGDPも日本を超えている。
やっぱり物価が安いから楽しかったのだろうか。
「食」に満足すると、気分も良くなる。
しかし「食」に満足する為にはそれなりのお金が必要。
やっぱ「金」だな。
という事は労働して、予算を増やしワンランク上の旅をすれば楽しめるのかな。
そしてMRTに乗って空港へ。
≪22:50≫チャンギ空港に到着。
機械のチェックインが出来ず、久しぶりにチェックインカウンターに並んだ。
シンガポールからのフライト。
タイ便と違い怪しいおじさんがいないのが爽やかで、自分がまともな旅行者になった気分になる。
シンガポールに来ている人は身なりも違う感じもするし。
とはいえ、自分も同類なので、タイ便の方が心地は良いのかもしれないけど。
一人で飛行機に搭乗する人もシンガポール便はほとんど居ない印象。
帰国便は往路便と比べて1時間程早いので、気持ち的には楽。
飛行機は搭乗予定時間が30分ほど遅れた。
こういうのが一番嫌で、疲れる。
飛行時間は約6時間。なんとか耐えた。でもやっぱり辛かった。
成田着陸前、照明はレインボーカラーにかわってた。

機内のLED照明がここまではっきりとしたレインボーカラーになった事は初めての気がする。
なんとなく爽やかな気持ちになれる。
でもやっぱり色調、色彩を調整できるLEDのおかげで、メンタル面でも良い影響をもたらしていると思う。
≪08:45≫。シンガポールからの出発は30分遅れたが、ほぼ予定通り到着。
成田到着後まず探したのは吉ぎゅう。いままで成田で食べた事はないのだが、何故か今回は食べようと思っていた。
シンガポールでも、KFCで食事をとったり、搭乗前に叉焼飯を食べたりと、いつもやらない行動の連発。
その後、最近定番の展望台でしばしゆっくり。そして派遣会社からの電話連絡を待つ。
≪10:00≫派遣会社から電話連絡を受ける。
条件悪くないので応募。4月から仕事が決まれば流れとしては良い。
そして空港バス、電車を乗り継いで実家へ向かう。
≪13:55≫実家に到着。
丁度、カリムン島のホテルをチェックアウトして24時間経過。
思い返してみると、この24時間もただの移動ではなく、それなりに“旅らしい時間”を過ごせていた気がする。
シンガポールまでの移動は苦痛でしかない。そしてシンガポールもバタム島、カリムン島も何がある訳でもない。
それでも、早くもまたあのルーティーンのフェリー旅をして島まで行きたい気分になっている。
来年なのか3年後なのか5年後なのか。
その時は、予算をワンランク上げ、しっかり食事をとろうかな。
「お腹が満たされれば、(多分)旅が楽しくなる。」という初歩的な事に初めて気づいた。
小学生かよ、って思う位レベルの低い発想だけど、まあ人生1回。
どんな形であっても、旅が楽しめるようになればそれでいい。