OneDriveで13年前の写真が表示された。
見覚えあるけど、何処だっけ?
あ、そうか。タイに居る時に住んでた家だ。
もうあの時からそんな経つのか。
いろんな思い出が蘇ってきた。
場所はバンコク近郊。
何をやっていた時だっけ?

思い返すと・・・やはりあの日、あの時も無職だった…。
毎度の黄金パターンで「クビからの無職」。
やっぱ常に無職なんだね、と自分に問いかける。
あの時はクビ後、バンコク近郊の町の家に戻りそこに居候していた。
郊外の1軒家だったで、ちょっとした庭があり、いつもとは違う生活だった。
色々デザインとか色を考えて、理想の家づくりみたいのをしたかったので、時間もありやってみる事にした。
向うの家はキッチン付はあまりないらしくキッチンをデザインした。
テーブルとかも壁に沿ってデザインしてのオーダーメイド。
そしてバスルーム。
向うはシャワーが基本なのでバスタブはない。
そこでバスタブを設置。タイル類の配置を考えたりで結構楽しかった。
この工事の前にウッドデッキ作りもしたかな。
コンクリートを練ったり、鉄筋を組んだり。
漠然とそういうのをいつかやってみたいという気持ちもあった。
庭にも石を敷いて、植物を設置したり。
こう考えると、無職でもそこそこ楽しんでたのかもしれない
まだ在職中だった頃も、洪水後にいろいろ改築してたんだっけなあ。
この家の1階部分は半分くらい浸水していたらしい。
この辺は全て水没して船でしか移動できなかった。
この門の右側にランプがついているが、この下の茶色の部分まで浸水していたらしい。
にわかに信じがたい。
今見てもそんな事が起こるなんて信じられない。

木枠の窓、ドアが水を吸ってしまい、全てアルミ製のものに変えた。
こういうのってオーダーメイドが普通らしく、全て特注品。
カーテンとかも生地とデザインを選んでのオーダーメイド。
日本だったらとんでもなくお金がかかるだろうな、って思いながら、ワンランク上の階級の人間になったような気分だった。
実際は低所得、下級労働後の無職人間なんだけど。
でも当時はそんな事は一切考えてなかった。
ワンランク上の生活できていて、それをそこそこ堪能していた。
そういえばあの時は普通に何も不安なく生きていた。
将来に対して何も考えていなく、不安もなく、悲壮感はなかった。
状況的には今と一緒の筈なんだけどなあ。
違うのは2つ。
まず年齢。あの時は30代後半、そして今は50代に突入。
自分の老化、死=人生の残り年数を意識するようになった。
その事で何かが変わった。
そして大きく違うのは両親の老化。
それまでは自分一人の人生だったが、他の要素が介入して、束縛感が一気に増した。
同じ状況でも、気楽さがここまで大きく変化するとはなあ。
別に何も考えなければ、あの時と同じように気楽に生きれる気がするのだけど。
無職である事には、あの時も今も悲壮感はない。
でもこれだけ無職の期間が多ければ、そりゃそうだ、ってなる。
ホント、いつも思うが同じ年の人でこれだけ人生の中での合計無職期間が長い人っているのかなあ。
それはすなわち人生総収入がとんでもなく低いという事だから、食、買い物にさまざまな制限をしている。
普通はそういう生活は耐えられないだろうな。
貧乏生活に耐性があって、且つその節約生活をそこそこ楽しめるという生来の気質があってよかったと思う。
これが自分に備わっている唯一の才能なのかもしれない。
そんな憐れな才能は普通は必要ないのだけど。