48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【下級労働】通勤路で大学時代を思い出す

通勤路の港沿いをバイクで走っていて思い出した。

あれ?この風景見覚えがある。

そういえば大学時代、学校の帰りにたまに通っていた通りだ。

あの頃は新しくできた道路だったけど、30年経った今も新しい道路って感じがする。

あの頃と風景、雰囲気は全く変わってない。

考えてみるとあれももう30年も前の事。

でもそんな昔の事という感じがしない。

今あの時に戻っても違和感はない気がする。

 

あの頃は授業終わった後、バイトが入っていない時にふらっとその辺をバイクで走っていた。

今考えると暇つぶしなのだろうけど、あの頃はそれが暇つぶしだと考えた事もなかった。

単にバイクで走っているだけで楽しかった。

 

あれから約30年。何も成長してないし変わってないなと思う。

精神的にもそうだし給与的にも変わってない。

あの頃のバイト代は1200円。今年始めた派遣労働が1350円だった。

正社員でなく相変わらずバイトと変わらない事をやっている。

あの頃はこんな人生になるとは思っていなかったなあ。

 

大学卒業後、社会人として25年程~と言っても実際に働いた期間はその限りではないが~過ごした結果がこれだとすると余りにも憐れだ。

 

環境を含めてポジティブに考えれば、あの頃と同じように何も考えず過ごせば、あの頃と同じように何も心配せずに生きていけると思う。

当時は「実家生活で大学通い」、今は「実家生活で派遣労働」。

いや。

仮に大学生活時に今のこの脳みそ、記憶を持って当時いったとしたら、やっぱり辛くなるのだろうな。

または両親が元気で働いている姿を見れたら、そうはならないのか。

はたまた自分の死期を考えた時点でそうなるのか。

でも若い時に死期を考えても、たいして気にもならないのだろうか。

辛くなるのは、大学以降の経験の影響なのか。

 

現実問題として50歳を過ぎて、派遣での倉庫作業。

西村賢太さんの「苦役列車」の世界だ。

そんな世界に、その主人公より20数年の社会人経験がある人間が入る事に一層憐れさを感じる。

ただ倉庫で働く人たちにその本に出てくる昔の倉庫労働者のような悲壮感はないし、パワハラ気質の人もいない。

その点は唯一の救い。

 

あの時20歳、今50歳。

繰り返しになるがつくづく精神面も、仕事の能力面も全く成長してないと思う。

でもこんな人間でも誤魔化しながら、人に頼らずなんとか一人で生きて来れたし、海外で仕事もできた。

自分の能力からすると、これで十分満足な結果なのかもしれない。

 

とはいえ、あの時の自分が今のこの姿をみたらどう思うのだろうか。

50代になってもこんなことしてる憐れな大人には成りたくないな、って思うだろうな。