48歳でクビ!~憐れな無職40代独身男は、物価の安いアジアの国々で生きていけるのか

無職無能、底辺労働者でも海外生活しながら生き続ける事ができるのか

【48歳無職】ブログ開設1年。1年前はクビ前夜

去年の今は何をやっていたのか

早いものでブログ開設して1年がたつ。

あの頃は「介護休業」中だったので、無職になった今と日常は変わらない。

既に弁護士さんに依頼した後だったので、色々資料作りをしていた。

あの時はどういう結果になるのか全く想像つかなかったが、1年経った今、「成功」だったと言える。

「懲戒委員会」開催の文書を受け取る

1週間後に会社側も弁護士さんを付けた事で、嫌がらせが始まり、徐々にクビ覚悟の戦いになっていった。嫌がらせと言うのは、後で自分たちが有利になるように、事実でない事を事実化していく事だった。

 丁度去年の今頃に、「懲戒委員会」を開催する旨の文書が送られてきて、結局弁護士に対応してもらった。

 その後も1度受け取り、日付も2週間後位の開催で確定していた。ほぼ出席する覚悟はしていたものの、いつの間にか延長、延長でなくなっていた。友達も「いったいいつになったら開催するの?」って訝しがってた。

 再度12月に送られてきたが、最終的に1月に示談が成立したので、結局「懲戒委員会」が開催される事はなかった。

弁護士さんが介入するだけで、全然対応が違くなるもんだと、感心した。

2022年は労働日の半数位しか会社に行ってない

 理由は以下の通り。

雇用調整助成金で週1~2日程休みになる月が半年位あった。

・病院へ半年通院。週2-3日半休

・介護休業1.5ヵ月 ・とある事情で1ヵ月休職

事情はあれど、かなり会社をなめているように見えなくもない。

 1カ月きっちり勤務したのは、11,12月だけだと思う。それも翌年4月から逆算して6カ月になるよう計算した上で、しょうがなく労働した感じだ。

 という事は、その時には4月に退職/クビになる事を想定して動いていたという事か。その時はまだ弁護士さんに依頼したのみで、示談交渉は全く行ってなく、「退職勧奨的な話」も「解決金の話」も当然なかった。

 精神的にそれ位が限界だったから4月に目標設定したのかもしれないが、ある意味全て予定通り事がすすんだ結果になり、すごいなあと思う。

今の心境と1年前を振り返ってみて

 もう何度も書いてるが、本当にクビになって良かったと思ってる。そう考えると、1年前の苦労は無駄ではなかったし、楽しいゲームだったとも思える。

ただ今後の仕事が得られるか次第で、事情も変わってくるだろう。

40歳後半でまともな仕事が得られるとは当然、思ってない。

 就職活動はしているものの、今のところは書類選考で3社落ち。Web面談は3社入ったが、書類選考通ったから面談に進めたという事ではない。既に2社落ちて、もう1社は今日面談。

 工場派遣のような会社がほとんどで、それでも落ちてる事を考えると、やっぱ年齢的に難しいんだろうな。まあこの年齢で無職状態で就職活動してる人間も問題だし、仮にその人間を採用する会社があるなら、それも問題な気がする。

やはり今後の人生で、正社員になる事はもう2度とないのだろうか。