48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【2026初旅】宿移動。市バスで思い出の地を巡る

バンコク最終日は宿移動。

空港近くの宿に移動することにした。

昨夜まで泊まっていた 宿は本当に何もなさすぎ。

 

地図でいうとバンコク都の左端から右端への移動。

カオサンもスワンナプームから遠く不便だけど、ここはその倍の距離がある。

 

「バス+MRT」「バス+MRT+ARL」等、色々選択肢がある中、偶然来るバスに運命を託した。

というのはここ最近ずっとそうだけど、「x番のバスに乗ろう」と決めても30分、時には1時間近く待っても来ない事が多かった。特に赤バス

いくら無職で時間は無限に有するとはいえ、ストレスが溜まる。

それを回避すべく、今回は数個選択肢を考えておいた。

来たバスが127番EVバス。行き先は「戦勝記念塔」だった。

偶然だがこのバスルートが自分にとって思い出のある地巡りになった。

 

少し走ると北方面に左折。しばらく走るとそこの通りに見覚えがある事に気づく。

この道バンコクの一軒家に住んでいる時、バイクでその道を走ったような気がする。

でも10年以上の前、それも1度走った何も特徴のない道を覚えているって、記憶ってすごいなって思った。

「一軒家生活時」の思い出の場所。サーイタイ

地図でその先を確認すると納得。

このバスはサーイタイ(南バスターミナル)を経由していくのだ。

この傍の陸橋はバイクでサーイタイへ行くときのUターン場所だった。

思いがけずに一時期頻繁に使っていた道に遭遇して、急激に懐かしい気持ちになった。

そしてサーイタイマイを通過。

久々に来たいと思っていたので、通過しただけでもなんか嬉しかった。

そういえばここは南バスターミナルだけど、ここから南方面行きのバスへ乗った記憶もない。

シラチャに住んでるときに週末の帰郷(?)にここまでのバスは使っていたけど。

またそれ以外にも思い出すことがある。

今も昔も失業保険生活

実はタイ就職時代、クビ第2弾後に失業申請をするのにここに頻繁に来てた。

ハロワ的なものが入っていて、月に1回ほど来ていた。

その時も失業保険生活、今も失業保険生活。

ダメ人間の典型だよなあ。

10数年たっても成長ゼロ。

それでも失業の記憶が楽しい思い出になってしまう駄目人間の中の、駄目人間。

 

その当時の失業保険的なものは確か僅か1カ月1.5万円程。

それでも嬉しくて、ここに来るのと入金日が楽しみだった。

無職生活時でも月に1回でもこういうのがあるとメリハリがあって違う。

タイの失業保険と会社の補償

とはいえ、給料もらっている時の引かれる税金は日本より多かった気がするので、物価が安いから失業保険も安いのはしょうがない、と自分を納得させることはできなかった。

ただタイはしっかりした失業保険がないかわり、その分会社側にその負担をさせている。

はっきりとは覚えてないけど、会社が解雇する時には「通達から締め日までの給与補償+給与3か月分」位の支払いが必要となる。

自分も退職した時に当時の日本円換算で100万円程貰った。

僅かだが残してあったその時のお金も、昨年おろして全て使い果たしてしまった。

乗車したバスは、よく使っていた大通りを進みぐるっと回り、高速へ。

今回の旅は高速道路経由の市バスによく遭遇する。

そして、料金徴収員のおばさんがトイレに行きたくなり、ここでトイレ休憩。

今まで市バスには30年位乗ってきているが、トイレ休憩に遭遇したのは今回の旅で初めて遭遇した。

それも3回も。

いつも、大渋滞が多いバンコクでトイレに行きたくなったら運転手さんや車掌さんはどうしているのかなっていつも思っていたのだが、今回その謎が解けた。

 

この高速を走ってると デジャブ 的な感覚が出てきた。

この景色 すごいいいけど、以前何度も見ていた気がするな…。

そうだ。一軒家生活時代の時だ。

バンコク通勤の彼女の車に乗り、たまに一緒に バンコクまで出ていた。

その時に見ていた景色だ。

当然、その時も無職だった。

はっきりこれだという景色はないけど、なんとなくボヤッと覚えてるものなのだな。

そしてバスはつい 2日前に来たBanSue駅、モーチット2の上を通り、戦勝記念塔へ。

タイで初めてのアパート生活した場所:戦勝記念塔

当時はMRTとか長いスカイウォークはなかったと思うから景色は全然違う。

正直あの時のアパート生活はあまり覚えていなく、どこで飯を食べてたかも覚えていない。

確か2カ月程度のアパート生活だった。

でもサーイタイと同じ状況で、よく考えると「あの時も失業保険生活」だった。

いや正確にいうと失業保険給付前の待機期間(当時は3カ月)中だったかな。

 

そして戦勝記念塔から又EVバスに乗り換え約1時間でスワンナプーム空港近くの宿に到着。

合計3時間近くかかった。

普通の人、観光客にとっては面白くも何も感じない場所、無駄な移動時間。

しかし自分にとっては思いがけずに遭遇した楽しいバンコクバス巡りになった。

 

思い出の中にある自分の状況がいつも「無職」「失業保険生活」だったり「会社クビ後」だったり。

我ながら笑ってしまう。

よくこんなクズ人間が生きて来れたな、って思う。

その時を思い出すと楽しい気持ちになり、あの頃に戻りたいなと思ってしまう自分ってホントしょうもない人間だなと思う。

ある意味幸せなのかもしれない。