48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【2026初旅】通勤ロードをバイクで辿る〜Rayong

シラチャに2泊して、ラヨーンへ移動する。

シラチャともしばしのお別れ。

こうしてみるとシラチャの海岸線も悪くない。

まずは前に住んでいたアパートからスタート。

働いている時は会社の乗り合いバンで通勤。

毎朝、アパート前まで バンが迎えに来てくれた。

こういうのも日本では大企業の幹部クラスしか出来ない事。

海外ならでは待遇だよな、って人件費の安い東南アジアでの通勤を満喫していた。

 

通勤してたのは15年前の話。

懐かしいというよりも、ついこの間というような感じ。

ここで大通りに出て左へ曲がっていく、っていうルートも意外にもはっきりと覚えている。

しかしこの辺の道はトラックだらけ。

砂煙に排気ガス

東南アジアやタイの道路はバイクだらけのイメージだが、ここは1台も走ってない。

こういう道をバイクで走ると流石に怖さを感じる。

トラックに追い抜かれる度に思っていた。

転んだらトラックに轢かれ、このタイヤでミンチになるなあ、と。

 

しばらく走って給油休憩。

こういう ハイウェイ そばにあるガソリンスタンドはなんか好き。

ホントは休憩がてらAmazonでCoffeeを飲みたいが、そんなことすらも 高嶺の花でできなくなってしまった。

一時間半位で工業地帯の中心に到着。

 

そう。全てはここから始まった。

あの日もここまでバイクで来てこの辺にバイクを置いて面接に向かった。

流石にバイク(カブ)で会社に行くのは、アホ丸出しなので何か別な手段で行ったと思う。

工業団地内はとんでもなく 広く歩いて行ける距離でもないし バス やバンも通ってない。

ただどうやって行ったのか、それすら覚えてない。

あの頃はスマホもGrabもなかったしなぁ。

 

前回来た時はこの近くに一泊した。

今回は 予算オーバーで通り過ぎるのみ。

いつかまた来てゆっくりしたいな。

 

通り沿いにある工場は、日系企業を含めて顔ぶれはほとんど変わっていない。

ただメイン通りにある GM の巨大な自動車工場が、まるまる中国の GMC に置き換わっていた。前回来た時からそうだったけど。

 

しばらく走るとようやくラヨーンの看板が見えてきた。

Beachまであと少しだ。

この辺になるとトラックはほとんど走っておらず交通量も少なく快適。

 

そして今日泊まる宿に到着。

内陸部にあるリゾート。

目の前はゴムの木の林。不便すぎる場所だがバイクでしか 来れない場所なので それがまたいい。

独立したハットスタイル。

まずはここに2泊。

375B≒1912円/1泊

久々にホテルと呼べるような綺麗な部屋。

そこそこ贅沢な旅に見えなくもないな。

すべては考え方次第か。

 

しかし旅のすべての事に感情がなくなっていて、この恵まれた環境すらも何とも思わない。

もう少し嬉しい気持ちになってくれよ。