48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【2025夏旅】チャオプラヤー川の源流。ナコンサワンに在り

朝、目が覚める。

今日1日何をしようかって考える。

この瞬間がちょっと辛い。

多分これって真っ当に働いてきた人にはわからない感覚。

普通は、

「仕事行く必要ないから、いつまで寝ててもいいんだ」

「今日は1日自由時間。何してもいいんだ。」

「カフェでコーヒー飲みながら読書でもするか。」

ってなると思う。

 

外出 すれば気分が紛らうので とりあえず外を歩く事に。

Wikitravelを見るとチャオプラヤー川の源流があるということで行く事にした。

バンコク を流れる雄大で圧倒的な水量を誇るあのチャオプラヤー川の源流なら見てみたい。

 

地図を見るとかなり遠い。

宿から4km位はありそう。

当然 徒歩。

もはやGrabバイタクも選択肢に入ってない事に情けなさを感じる。

昔はもう少し気軽にバイタクに乗ってた。

年々予算が少なくなり、より貧乏になっていく。

本来は逆であるべきなのに。

 

昨日の大雨とは打って変わって今日は快晴。

大きな公園があってその内を通っていく。

木陰が多くて思った以上に涼しく、心地良い。

徒歩 ランニング 自転車レーンの3つに分かれている。

こういうのは珍しい気がする。

宿やアパートの近くにあれば毎日歩くのもよさそうだ。

 

ここを抜けるとちょっとした町に。

タイというのは 大通りではなく、裏道に庶民の生活空間がある事が多い。

大通りは飯屋もなく閑散としてる印象だが、横道にそれるといきなりマーケットがあったりでびっくりする事がある。

バイクがあれば、気軽に裏道探しにも出れて、多分この街の印象も全然違うものになるだろう。

 

川に近づくにつれて店や人も多くなり活気が出てくる。

なんとなくチョンブリーの海の方の雰囲気に似てる。

ここはチャオプラヤー川で採れる魚の市場だろうか。

しかし 匂いがすごい。

いつもこの手の生鮮市場に来ると 吐き気を催す。

シャツの袖とかで鼻と口をふさぐ ようにするが、あまり失礼のないようにする。

 

一瞬チョンブリーに来た錯覚を起こして気分も上がりそうになってけど、ここは川なんだと我にかえってがっかりする。

これがチョンブリーだったら良かったのに、と思う。

そういう思いが自然に頭をよぎるという事は、やっぱり気持ち的にはチョンブリーや海に行きたいのかな。

 

地図を見た時、そこは公園のようになってると思っていたが、全く想像と違っていて屋根 一つないただの岸壁。

対岸と言うか中州の記念碑までの渡し船の乗り場があるだけ。

セプンカプチーノを買ってきて川を眺めながらゆっくり飲もうと思っていたが、買って来なくて正解だった。

いくら何もないといっても木があったりちょっとした建物があり日陰があるものだが、ここは見事に何もない。

暑すぎる。

 

チャオプラヤー川の源流と言っても、単に2つの川が合流してる地点。

1つはタークでみたあの川。

川沿いのあの場所は今回の旅一快適な場所だった

一方ここは暑い、魚臭いで旅一不快な場所。

同じ川沿いでもここまで違うものなのか。

 

そしてもう1つはナーン川。

先週ピサヌロークの寺の裏で見た川。

ここの川沿いはあまり快適ではなかった記憶がある。

快適ではないと感じる理由は明確ではないが、屋根付きの東屋がない、ってだけかもしれない。

屋根があるだけで、暑さは半減するし、川からの風がある事で、その空間が心地良い場所になる。

ここもピサヌロークのナーン川もそれがなかった。

 

上記2つの川が合流して、有名なチャオプラヤー川になる。

ピサヌローク、タークで川を眺めていた時、そんな事全く想像していなかった。

この事実を知っていたら、「これを下っていくとバンコクに流れているチャオプラヤー川に出るのか」って感慨深くそれらの川を見れたのかもしれない。

 

一目見て去るのも何だから、チャオプラヤー川に沿って歩こうと思った。

しかしこの川沿いずっと屋根がなく、炎天下歩いて嫌になる事は目に見えてるのだけど。

先の方がカーブになっており、もしかしたらカーブを曲がると何か商店街のようなものが、あるのではと期待しながら歩く。

行ってみると道路の左右はコンクリートブロックに囲まれていて見事に何もない場所だった。

結果、やっぱり炎天下をかなりの距離歩くはめに。

当然これでもうナコンサワンには2度と来たくない場所と格下げ。

 

この日は15.6kmと旅一長距離を歩いた。

そういう面で何か達成した訳ではないけど、多少満足してもいいかなとは思う。

1日1事。何か大きくない事でも達成感を感じ満足出来るようなレベルの低い人間にならないとこの先厳しい。

昔は1日1事やるだけで、何かやったという満足感を得れ、レベルの低い人間のマインドを持っていた筈。

下級バックパッカーはそのレベル人間の筈なのだが。

 

といっても人生経験、社会人経験を積みレベルが高い人間になったという意味ではない。

多くの旅にかかわる事は誰にでも出来る作業だという事に気づき、そこで楽しいとか1つ自分が成長していたように感じていた自分のレベルの低さに気づき情けなくなった。

 

その事実に気づかず、海外一人旅をしてる事をまるですごい事をやっていると錯覚したまま生きていけていたら楽だったかもしれないなあ。

 

下らない事でも1日1事やって満足できるようなレベルの低いマインドを取り戻したい。

そうすればこの先かなり楽になる。