今日はランパンからランプーンへ。
最後の山越え。
スコータイからは、全く 天気の心配がない。

道はどんどん 単調になり、暑さも 1段階 ずつ上がって行き、交通量も増えていき つまらなさが増していっている。
昨日のランプンからそうだったが、チェンマイが近づくにつれ街の複雑さが増し、人 交通量も増え、気持ち的にどんどんブルーになっている。
今日の行程の半分くらいのところで 象関連の施設があった。
ここまで 興味がないので、行くかどうかかなり迷ったが、せっかくだから ちょこっと寄ってみようと思った。
正面入り口に象がいた。
バナナを買って餌付けも出来る。

こんな身近に象が見られれば、十分。
中ではショーが行われていて、そこまでは入場料払ってトラムに乗って移動するみたい。
入場料を払ってまで見ようとは思わないので隣のElephant Hospital=象病院に行く事にした。

子象がいた。それでもかなり大きいけど。

地図を見ると ここは 一般道。
奥まで走ってみる事にする。
ゾウ横断注意の看板は新鮮。

予想通り 敷地内に繫がっていた。
奥では象のショーが行われていた。
入場料 払ってないので、さすがに見る訳にはいかない。
終わった時に写真だけちょこっと撮った。

立ち寄って良かった。
やっぱり、何でもかんでも、めんどくさい 興味ないで飛ばさない方がいい。
そこから1時間ほどでランプーンに到着して宿チェックイン。
チェンマイには近づいたが 昨日のランパン程町は大きくなく、ちょっとした田舎町 いう感じで、多少 心地よさが戻った。
宿で休憩してから、今回の旅で行きたかった場所の最後の1つの慰霊碑を目指す。
今までと違うのはインパール作戦の生き残り兵の方が実際に住んでいた場所。
ランプーンの街中だと思っていたが、地図を見たら結構郊外にある。
バイクで2、30分かかった。
これまた周りに何にもない場所にポツン慰霊碑が建てられていた。
当然 案内板 もないので、GoogleマップとGPSがなかったら見つからなかっただろう。
この地に 藤田さん という方が住んでいて、その前に慰霊碑を建てたという事だ。
家はもうなくなってしまったのか、ちょっと先にある家がそうなのか。

藤田さんは生前戦友の遺骨探しに尽力して、800 柱の遺骨を集めたそうだ。
今は靖国神社に戻されたという事。

「戦争は悲劇だが、戦争によって人を惹きつける数多のノンフィクションストーリーが生まれる。」
この慰霊碑の裏にイスがあったので そこに座りながらPDF化した本の一部分を読み返した。
「未帰還兵 六十二年目の証言」
将口泰浩著
〜ひとりぼっちの菊兵隊〜
藤田さんの家が この方向にあったならば この視点からいつも空を眺めていた筈。
晩年、この空を眺めながら、どんな事を考えていたのだろう。

日本を恨んでいたのだろうか。
自分の運命を恨んでいたのだろうか。
一文無しで日本に捨てられ、自分の意志とは無関係にこの国 この地で生きていくことになり、仕事を見つけ最終的には家を持ち、家族を持ってこの地で召された。
20数才以降は、ずっとタイ。つまり人生の2/3以上はタイでの人生。
後半の人生は幸せだったのだろうか。
今の日本人は自分も含め、自由があり、十分過ぎる程物もある状況なはず。
当時の人から見たら贅沢すぎる環境。
それでも幸福度が低いのは何故なんだろう。