48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【プチ介護】状況が一変した5年前①手術

今乗っているスクーター。

新車で購入時に加入した自賠責5年保険が先日切れて、更新手続きをした。

 

乗っている時に思い出すことがある。

これを購入した時、2019年の今頃は両親の健康も良好、というか人並みで、介護はもとより両親の老化云々についても一切考えていなかった。

その時、畳から立ち上がる時に腰が痛いみたいな話を母がしていた。

多分脊柱管狭窄症というのはその時から言ってたような気もするが、特に気にしてはいなかった。

 

その年末に手術をしたみたいだった。

手術をすれば痛みが消えると思っていた、っぽい。

手術が上手くいかなかったのか、そんなもんなのかは分からないが、そこから状況は一変した。

歩くのも難しくなり、まずリハビリ施設に入った。

この時に母はかなり落ち込んでいたみたいで、珍しく父から連絡が入ったの覚えている。

その時に、何かいつもと違うな、と感じた。

1月でかなり寒い時期。

ほぼ毎週末、寒い中バイクでアパートから片道4時間かけて実家に戻って面会に行ってた。

まだ衰えとかを実感していなかったが、自分の中でショックだった出来事があった。

トイレに行きたいという事で、車いすで自分が連れていった。

トイレまで連れて行き、外に出ようとすると中に居ろと言う。

車椅子用の同伴者がどのようにしているのか分からず戸惑っていると、普通にズボンをおろしてトイレをしだした。

うまい具合にお尻の部分だけど出して便座に座って、涼しい顔して用をしていた。

多分この施設に来てからはそうしているのだと思う。すごい手慣れていた。

目の前で親がトイレをしている姿をみる、っていうのは結構衝撃だった。

そしてその姿を見てちょっと悲しかった。

歩けない事も含めて、こんな感じになってしまったのか、って。

 

2月位にコロナで面会は禁止になり、それからは退院まで会う事はなく、どういう状況だったかも分からなかった。

状況は分からなかったけど、リハビリ病院でしばらく生活して、足の筋力が戻った時に実家に戻るんだろう、と簡単に考えていた。

でも実際は違った。

5年経った今でも歩くのが難しい状況が続いており、リハビリ施設からなに1つ良くはなっていない。

 

リハビリ施設で年越しして合計3カ月程度入っていたが、期間が決まっているらしくその後の施設については自分たちで考えなければならないみたいだった。

それまで介護について何も考えた時がなく、知識もゼロだったので、色々本で調べた。

親戚のおばさんが口出しして来て、それをまともに信じてしまった。

「今の家は狭いから、居間にベッド2台なんて入るわけない。」

「あの状態で実家で面倒見るなんて絶対無理。」など。

おばさんは自分の姪(医療関係の仕事に従事)の居る場所の近くに住まわせたかったっぽい。

今考えると、実家に戻る事も十分可能だったのだけど、その当時はどういう状態でどういう住環境が必要なのかも分からなかった。

とはいえあの時の知識で退院後に実家に戻る決断するのは無理だったかな。

 

その姪の人、おばさん、父、自分で話をして、「サービス高齢者住宅」という場所に住むのが良いという結論になった。

この頃から何となく自分がすべてやらないと何も進まないような状況になっていった。

数日間一緒にすごして、父の衰えもかなり感じていた。

 

スクーターの保有年数=プチ介護の年数。

このスクーターを買った時、両親の健康寿命などについて全く不安に感じていなかった。

あの頃にもどりたい、ってスクーターに乗ってる時にたまに思う。