スーパーに行くたびに思う。何もかもが値上げしている。
この1年間で、体感ほぼすべての物が値上げ。
スーパーで物を買おうか迷ってる時に辛く感じる事がかなりあった。
肉類でいうと100g100円で買えていた豚肉が130円程度に、そして100g6-70円で買えていた国産とりもも肉が100円になってしまった。
一時的なものかもしれないが、1600円程度だった米5kgが3000円。
その他もほぼ全て値上がり。
今まで生きてきて、物の値段が同時に複数上がる事なんか経験してないと思う。
記憶にあるのは2つくらい。
自販機のジュースが100円から110円、そして120円になった。今はいくらか分からないけど。
バスが120円から140円、160円と上がっていき、数年前乗った時には210円になってたかな。
ほぼ無職、年間120万円生活の身で、値上げはかなりキツイ。
20%物価高となると、年間144万円が必要になる。
その差24万円。ほぼ無職には重くのしかかる。
物価高や円安、日本経済の将来を考えると、お先真っ暗。
今年の春くらいだったか。
おおげさな話だがこの辺の事を考慮に入れて将来の事を考えた時、ちょっと生きる気力がなくなった。
多少ある貯金も価値が80%位になってしまう可能性が高い事。
値上げの事、その分予定より年間20%出費がかさむ事などなど。
やりきれない気持ちになった。
そんな中、派遣の仕事をはじめた。
単に暇つぶしの為だった。
スーパーで買い物している時にふと思った。
2~3千円買い物していても、「今日やった1、2時間の労働でこれが買えるんだ。」って。
その程度の労働でこれらが買えると思うとすごいなって思った。
収入があると、物価高でも悲観することもなく、気持ちが全然楽になっている事に気づいた。
そして買い物が楽しくなった。
無職状態の時は必ず収支はマイナスになる。
これが無職である限り、永遠に続く。
どう頑張ってもプラスになる材料がないので当然だ。
だけどやっぱりお金が減っていく一方なのは辛いし不安かもしれない。
でも一時的だが今は違う。
無職の時に苦労していた時間つぶし。
「労働」はそんな時間つぶしの悩みも解消してくれる。
さらにはその行為(労働)でこんなに物が買える。
現代の錬金術。
こんな事でこんな考えをもつ馬鹿って自分位のもんだよな…。
とりあえずは月の収支でマイナスにならない、というか多少でもプラスになれば、自分は最底辺レベルの人間であるので満足すべきなのかもしれない。
50代になっても肉体労働、低賃金労働で惨めさを感じるのではなく、大学時代のバイト代と大差ない額でも、お金を手にできる機会が与えられているだけでもありがたい思わないといけないのかな。
考えてみると50代無能最底辺の人間でも、戦時中とか江戸時代、弥生時代とかの人に比べたら衣食住に関したら、とんでもなく恵まれた生活してるよなあ。
心の豊かさは別として。