48歳人生落伍者の軌跡~無職無能、楽園を探してアジアを彷徨う

旅でも移住でもない。アジアの町でただ生きていくだけ...

【2024夏旅】締めはビーチ。そしてバンコクへ。

最終日はビーチWalk~水泳で締めることにした。

パトンビーチという場所に滞在したものの、ビーチに来たのは週に2回程度。

水泳や日光浴は週1回程度しかしなかった。

最終日は晴れてたので、気分も良かった。

雨の日の方が好きとはいいながらも、やっぱり晴れた海に来ると気持ちも晴れるかもしれない。

 

翌日、パトンを出発。

前日から落ち着かなかった。

パトンを離れる事は7月と一緒。

更にあのときも同じHotelから出発。

でも気分が全然違う。

この先に帰国が控えているからだろうか。

 

昨日と違い朝から雨が降り続いていた。

空港バス乗り場まで行くときは雨が止んだので良かった。

大雨の日に移動だと濡れたりして不快だよな。

 

この日はノックエアーでドンムアンまで。

1時間半位のフライト。

この位が丁度いい。

 

初日は空港方面の宿をとったので、ドンムアンに到着して、久々にドンムアン寺の方の町を歩く。

独特のタイの臭いと生暖かい風、そして喧騒の音。

これが心地良い。

「あー。タイに来たんだ。」って思ったが、今朝も昨日もタイに居たんだよな。

まあそれほどパトンに居るとタイに居る感じがしないって事か。

宿までは地図でぱっと見、遠くないと思って歩いて向かったが意外に遠かった。

空港内合わせると、多分1時間近く歩いた。

でもローカルの雰囲気を味わいながら歩きたかったのでちょうど良かった。

当たり前なんだけど通り沿いには屋台が並び、パトンの選択肢のない状況と全然違い、それだけで嬉しかった。

パトンで食べたかったものが全部並んでいて選びたい放題だ、って。夢のような場所だと思った。

こんな当たり前の事でこんな感情を抱いてしまう。

パトン生活の飯が嫌だって事なのかなあ。

パトンからバンコクに来たら、気分も楽しく、解放された感があった。

こう考えるとパトンの1か月のホテル生活って何だったのだろう。

楽しくもないパトンという場所に居て、好きな飯も食べれてない。

軽い留置所生活みたいな感じだったのか。

辛いとは全然思わなかったけど、選択肢がないからしょうがないとは思っていた。

 

今回のホテルもかなり不便な所。

大通りから奥まっており、更に閑散としていてちょっと歩くのが怖かった。

ホテルの看板が見えてきた時にはホッとした。

到着した時は夜だったので雰囲気が全然違う。

部屋に入って思ったのは、さっきと真逆。

暗いし何か重い雰囲気でパトンのホテルに戻りたい。

ホテルの綺麗さの違いで、おそらくこうなるだろう、っていうのは分かっていたけど。

パトン宿は1泊300Bでこっちは390B。高くて居心地が悪い。

翌朝リフレッシュルームというのがある事を知って、ここでコーヒーを飲む。

窓から入る風が心地良かった。

そういえばこういうスペースで朝ゆっくりするのって本当に久しぶりで懐かしく又気持ち良かった。

ドミで旅する時は、部屋を出てこういうスペースでゆっくりしてたよな。

特にオーストラリアでは。

そこで旅人と知り合ったりして楽しかった。

旅=人との出会い。それが楽しかったんだよなあ。

学生時代で、年齢近い同士だったから良かったのだろう。

20代後半からは気を遣うようになり、30代になって日本人を避けるようになった。

旅の楽しさが減った原因の1つはこれだろうなあ。