数年ぶりに来たハジャイの町。
久々に歩くと何か楽しかった。
今までの町、コラート、バンコク、パトンではない気分の良さがある。
何なのだろうこれは。
その理由がどこにあるか考えるが良く分からない。
人が閑散として歩きやすいから?雰囲気?
ハジャイに着いてから、駅へ行って列車の出発時刻や料金を調べたりした。

そして旅行会社で次の目的地までのバン等の値段を聞いたり、時間を確認したり。
そういえば旅での日常ってこんな感じだった。
どの町でも必ずやる、旅の日課だったのかな。
それ自体はくだらない作業で誰でも出来る。意味のない作業。
でも楽しい。旅ってそんな感じの繰り返しなのかも。
BP旅なんてレベルの低く、誰でもできる作業の連続、なんて穿った見方をせず、単純に楽しめばいい。
駅を出ると馴染みの光景が。
このロビンソンも良く来ていた。
ロビンソンなどどこの町でもあるし、今は別に見るものも買うものもないので行かない。

今回懐かしさでなんとなくロビンソンに入ってエスカレーターに乗ると、何か昔の記憶が蘇って楽しい気持ちになった。
こんな感覚は久しぶりだ。
少なくとも同じ無職時代の沈没地であったコラートではこういう楽しい気持ちになる事はなかった。
その楽しい気持ちがどこからくるのかはよく分からない。
ここ数日もそうだが、蒸し暑い部屋にはあまり戻りたくない。
BP旅時代はずっとエアコンなしの宿に泊まっていて、同じような気持ちだったかどうかは覚えてないが、BP時代は朝から夕方まではずっと外で過ごしていたと思う。
もしかしたら仕事と同じで朝に宿を出て、夕方戻るような感じだったのかもしれない。
町を意味なく歩いて日中を過ごす。これも楽しかった。
考えてみると、旅なんだから部屋に籠らないのは当たり前か。
毎回ファンルームに泊まった時に思う事だけど、強制外出が良い効果を生じている。
そもそも「旅」ってこんな感じで、それが楽しかったのかなって。
町をぶらぶらするだけで「新鮮」で楽しかったからなんだろうな。
ACルーム滞在に拘らず、純粋に旅をしたら、もしかしたら楽しいのかもしれない。
でも今の状況を考えると、その決断は難しいかなあ。
それに去年のインド行った時も快適宿探しが、結果「旅」になってしまったけど、全く面白くなかったしなあ。
それに綺麗なACルームに300B で泊まれるのに、旅をするために同額で蒸し暑いファンルーム、多くは古ぼけて汚い部屋。
そこまで我慢して、わざわざ泊まる気にはなれない。
相変わらず今のこの「時」って何なのだろうと思う。
旅でもない。滞在でもない。何をしたいわけでもない。
世の中の50代。多くは家庭を持ち、仕事ではそれなりの役職について精を出している時だろう。
一方、自分は無職で目的もなく目標もなく、人生でも旅でも彷徨っている。
いつかどこかの国や町に行った時に、すっきりする回答が得られるのだろうか。