色んな町に無職時代の思い出がある。
このハジャイにもある。
それも時は別にして数回の思い出がある。
どんだけ無職時代があるんだよ、って感じ。
本当に仕事を得ては、すぐ辞めての繰り返しの人生だったな、と思う。
何度も来ているので、自然と定宿ができてしまう。
今回泊まってる宿は定宿③とでもいおうか。
最近、といっても15年ほど前から泊まっている宿だと思う。
BPにとっては、地球の歩き方に載っていたキャセイゲストハウス、というのが定番だったと思う。
1階に旅行代理店があって便利だった。
記憶が定かではないが、初めてハジャイに来て泊まった宿はキャセイゲストハウスだったと思う。
その後数回泊まったが、雰囲気が好きでなく、清潔感もないのですぐに嫌になってしまった。

今回その宿があった辺りに行くと、見つからなかった。
多分この駐車場の場所にキャセイゲストハウスがあった。
その後しばらくハジャイという町は、単に国境を超えるために数泊するだけの町にすぎなかった。
その時はこんな場所で何度も長居するとは想像もしていなかったなあ。
最初の沈没宿は「TunNumHotel」。

当時ファン部屋で350B。ミニテーブルなどもありいろいろコンパクトにまとまっていたので気に入った。
当時は1B=3円位で日本円換算で1000円位だったので、安いと感じていた。
ある時、古くて汚なく暗く、コスパも良くないことに気づいて別を探すことにした。
同じく350Bだがここはエアコン付き。
エアコン付きでこの値段で泊まれたのは、あの頃では自分が旅した中ではここしかなかった。
ただボトムエンドのエアコン付き宿に関しては、今の方が全然安くて綺麗な所に泊まれるから不思議だ。
今の時代、パトンの綺麗なACルームで250B~泊まれるのは驚異だと思う。
このMontienHotelは雰囲気が怖かった。建設当時は豪華だったろうというロビーの作りだが、薄暗く閑散としている。
宿泊している時に他の人に会った記憶はほとんどない。
それもそのはず。幽霊がでるという事で有名だったらしい。
もちろんその当時も知っていたが、特に何もなかった。
今回そのあたりに行ってみたが、見つからなかった。
多分、上記のキャセイホテル跡地の向こうにカラフルな壁画があるが、あれが「Montien Hotel」だったと思う。
今は「ALOHA Hotel」になっていて、価格も倍以上する。
その後、中級ホテルが地元旅行社でバウチャーを買うと安く済むことが分かり、ハジャイ来たときは中級ホテルに泊まっていた。
だいたい500ー600B。
3.5円位だったので2000円程度でこんな豪華なホテルに泊まれるのだと思った。
その時は無職ではなく、サラリーマン旅だったのかな。
そういえばハジャイに来ると思い出すことがある。
この町に居た時に新聞で知った。
今もそうだけど、海外で活躍する日本人を海外に居て知るのは楽しみの1つ。
その新聞屋は確か日本の新聞も売っていた。
たまに日本の新聞を買って読むことがささやかな楽しみだった時代もあった。
今回行ってみたが、なくなってしまったみたいだ。
ここに新聞屋兼本屋があったのだけど。

まあそれはそうだよなあ。今時、新聞なんか売れないだろうし。
ヤンキースといえばもう1つ思い出がある。
海外へ行って宿に泊まる時は、基本、テレビで「Aljazeera」を流している。
伊良部の自殺を知ったのもそのAljazeera。これもタイの何処かだった。
ある時、テレビを点けていると、「元ニューヨークヤンキースの…」と始まった。
あれ?野球の話題なんか中東メディアが流すんだと思った瞬間、次の衝撃が。
「伊良部選手が自宅で亡くなっている所を発見されました。」
もちろん伊良部が亡くなったことは衝撃だったが、Aljazeeraで中東でマイナーな野球の話題をニュースで取り上げていることにも驚いた。
更には大活躍だった訳ではない選手だったし、それに引退した選手のその後の事をニュースで流していること。
その時に、改めてMLBプレーヤーや伊良部ってすごかったんだなあって思った。
先日はその「Aljazeera」のスポーツニュースで、大谷の30号ホームランのニュースを流していた。
これも大台とはいえ、別に特別な本塁打ではないはず。
アメリカ以外の、それも野球など根付いてない国、地域であろう中東のニュースで大谷選手のホームラン映像が流されているのをみて、すごくうれしかった。
ところで、今度ハジャイに来るのはいつになるのかなあ。
またその時は無職なのか。この先は永遠に無職となるのか。